念願の初タイトル!!『シルバーコレクター』と呼ばれたセレッソ大阪、初タイトルまでの道のり

 2017年の11月4日、ルヴァンカップ決勝(埼玉スタジアム)が行われ、セレッソ大阪が川崎フロンターレを2-0で破り、初優勝を果たした。前半1分(47秒)、日本代表FW杉本健勇(24)が川崎DFのミスで訪れたGKとの1対1を冷静に決めて先制すると、堅守で川崎に得点を許さず。後半ロスタイムには、MFソウザ(29)がだめ押し点を決めた。

 Jリーグ、天皇杯、ルヴァンカップ(旧ナビスコカップ)の国内3大タイトル獲得は、クラブ創立25年目で初めて。過去、5度も勝てば優勝というチャンスを逃し、『シルバーコレクター』という汚名も着せられてきたセレッソ大阪。トータル11編集部ではそんな負の歴史を紹介。初タイトルに至るまでに、桜の軍団が歩んできた道のりをたどる。

 セレッソ大阪の前身はヤンマーディーゼルサッカー部。1957年に創部されると、日本代表FW釜本邦茂を中心に日本リーグ4回、天皇杯3回制覇と栄光の歴史を刻んだ。1993年、Jリーグ参入を目指してセレッソ大阪が設立した。

1995年1月1日 天皇杯決勝

 セレッソ大阪 0-2 ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)

 Jリーグ昇格前年、まだJFL(日本フットボールリーグ)に所属していたこの年。2回戦でヴェルディ川崎、準々決勝で浦和レッズ、準決勝で横浜マリノスというJリーグのクラブを撃破するジャイアントキリングをみせて決勝に進出。しかし決勝ではベルマーレのFW野口に2得点を許し、完敗した。

2000年5月27日 J1リーグ 第1ステージ最終節

 セレッソ大阪 1-2 川崎フロンターレ

 前後期制が採用されていたこの年、セレッソは日本代表のFW森島、西沢の2トップを中心とした攻撃サッカーが機能。しかし勝ち点2差の首位で迎えた最終節。川崎フロンターレに痛恨の延長Vゴール負けを喫し2位に終わった。
 

2002年1月1日 天皇杯決勝

 セレッソ大阪 2-3 清水エスパルス

 エースのFW森島に加え、現在監督を務めるMF尹晶煥(ユン・ジョンファン)を中盤の司令塔に要したチームは2度目の天皇杯決勝に挑んだ。この試合は、当時清水のMF三都主アレサンドロのゴールなどで、2点のリードを許す展開。しかし80分に森島、89分には尹晶煥が決めて同点とした。しかし延長戦、清水FWバロンに延長Vゴールを許して力尽き、またもタイトルに届かなかった。

2004年1月1日 天皇杯決勝

 セレッソ大阪 0-1 ジュビロ磐田

 3度目の天皇杯決勝。この年、新たなエースとして台頭していた日本代表FW大久保嘉人(現FC東京)を擁し、準決勝で延長戦の末鹿島アントラーズを撃破。勢いに乗り、日本代表FW中山、同MF名波らを擁して当時常勝を誇ったジュビロ磐田に挑んだ。しかし71分に決勝点を許し、またもあと一歩でタイトルに届かなかった。

2005年12月3日 J1最終節

 セレッソ大阪 2-2 FC東京

 セレッソの歴史の中でも、最も残酷な歴史といえるV逸。この年、チームの顔・森島、エスパニョール(スペイン)やボルトン(イングランド)での海外挑戦から02年に復帰した西沢に加え、ボランチのブラジル人MFファビーニョや、当時高卒1年目のDF藤本ら新戦力が台頭し、リーグ戦16戦無敗で最終節まで首位をキープした。勝ち点2差に5チームがひしめく大混戦の中、FC東京に勝てば文句なしの優勝だったセレッソ。この試合、1点リードの後半ロスタイム、FC東京のMF今野(現ガンバ大阪)に同点ゴールを決められ、まさかのドローに。優勝を最終節で勝利したガンバ大阪にさらわれるという悲劇的な結末に終わった。この年、セレッソは最終的に5位に終わった。

 サポーターの間では『長居の悲劇』とよばれる2005年のV逸の後、セレッソ大阪は国内有数の育成クラブとして名を挙げていく。日本代表MF香川(現ドルトムント)、同MF乾(現エイバル)、南野(現ザルツブルク)ら若いタレントが次々とブレークしていったが、なかなかタイトルには届かず。J2降格を何度も経験し、苦難の歴史を歩んだ。

 しかし今年、ユン・ジョンファン監督が就任し、日本代表MF山口、清武、FW柿谷といった海外挑戦から復帰した選手たち、さらに川崎フロンターレなどへの移籍も経て復帰した杉本ら高い能力を持った日本人選手が、ハードワークをきっちりとこなすソリッドなチームを形成。MFソウザ、GKキム・ジンヒョンといった質の高い外国人選手も機能し、とうとう念願の初タイトルをつかみ取った。今後、若いタレントを育てつつ、香川や乾といった日本代表クラスの選手たちが、海外から復帰してチームをさらに強くするというサイクルを形成できれば、黄金期を築いていくことも夢ではない。